日記と雑文:計画的行動はゆっくりと + 青春18切符旅行

今後no+eにはゆるゆる集中力で書く日記や雑文も投稿することにしました。少々騒がしいですが失礼します。

❶《HSP》シリーズ(本気)
❷人格段階に関わる自分語りを交えた記事(本命)
❸心理や精神に関連した気づき(通常運転)
❹日々雑記、とりとめもない日記や雑文(息抜き)

それぞれ文章を書く際の集中力と推敲の深度が違います。日記と雑記は気軽に日常的な事柄も書きます。……どうも私は「一つ」や「一定」になれない人間で(今更)、ものを書くのにも色々なパターンや方向性や分野や集中力の段階が発生してしまう。
同時に複数の「チャンネル」があり、その時々でどこにチューニングが合うかでコロコロ放送内容が変わるので「計画」とすこぶる相性が悪い。脳内で七人の小人が常に会議を開いており好き勝手に色んなキャラが飛び出してくる。気まぐれな奴らめ。(別アカウントには物語系創作物を置くことにしました。……?)

↓こちらはゆっくり仕上げていきます。(?)
私が立てる計画ほど信頼性の薄いものはありません。本当に慎重で注意深いHSPなのでしょうか。(?)

これから投稿したい幾つかの記事は、どうしてもこれだけは言葉に換えておきたいと強く思っていること。私の過去の出来事と自分にある『原点』の話。 ただ、二年ほど前の私…
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「モーニング・ページ」と言うものがありますよね。創造力が人生のテーマとなるタイプの人に打ってつけの本。これに出てくる夢を叶える手法の一つです。これは自分ですら読み返さない徹底的な排出のためのライティングですが、私の場合もうその段階を超えてしまっているので(子供の頃からひたすらに文字や文章を書いてたし息するように書いてきたので)今となっては「人に見られる可能性」がないと刺激も少なく、変化が起きない気がしています。だからこのモーニング・ページもどきをここno+eでやろうという魂胆です。(迷惑行為?)

今後の人生でもう一度本気の小説を書く、という夢を実現させるために意識してた本ですが、これらの四つの手法(1・モーニングページ2・アーティストデート3・ソロウォーキング4・メモワール)はすでに自然と行っていたものでしたね。

以前こんなの書きましたが↓

『読まれる』と『読まれない』の意識バランス

ライティングは、生きるために欠かせない行為ですね。敏感人間にとっての深呼吸と同じレベルに思います。文体や文章の雰囲気は、三浦しをんさんのような感じを目指したい(……!! 小説は勿論エッセイも遊び心あり自然体で大好き。ユーモアある器のでかい知的な人に心底憧れる)。もしくは江國香織さん。小川洋子さんは天界の人(拝んでますわ)。米澤穂信氏は“磨かれた文体”にも程がある。──などと(マルポテ族落ちこぼれ組が)名前を持ち出すことすら烏滸がましいですね。死ぬまでに「一欠片」でも良いから尊敬する作家さま方の文体に似せられたら素敵だなと思います。あと、いつかこのno+eに稲葉真弓さんの本を読んだ時に起きたとても不思議な体験のことも書いてみたい。(宮沢賢治については……言葉という冷たい記号に変換するには忍びない。)


本題:   (ここから?)

夏の大阪旅行。喉を痛めたまま青春18切符で行った。無事古墳を見られて報われた気がした。

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限られた日にちの中、以前一人で行った民族博物館や万博記念公園にも行きたかったが、それはまたやはり一人で行きたいと思い今回は断念した。頭の中にかけたBGMは昔懐かし『大阪ラプソディ』。子供の頃大好きだった。大阪は、今現在DV支援措置により居場所を隠している対象、父親の出身地なので複雑な思いのある場所ではある。

こちらの歴史ある建物では、歴史の中に見る特別な人の日本公演について写真と説明が展示してありしばし時を忘れて思いに耽った。

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パニック症状が出てしまった観覧車。昨年から乗り物に乗り込むたび出てるので、もう狭い乗り物には乗れないかも。興奮性を持つせいで恐怖の感覚は色んな場面で経験するけど、歳を重ねると体力的にもきついものがある。苦しかった。お守りとして持ってる抗不安薬で凌いだ。

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……なぜ18切符の旅行にしたかというと、すべて息子のことを思ってだった。昔みたいに時刻表と睨めっこせずとも行けるが、車や新幹線よりはまだまだずっと大変だ。バーチャル映像に触れてばかりの現代っ子には体力的に幾分負荷をかけて旅を「体感」させてあげないとつまらないと思ったから。若い世代は、折を見て程よくバーチャルから遠ざけてやる機会を与えてやらねばならない。何かを体験するとは、ライブ感を伴って身体的な感触を掴むことに意味があり、その身体感覚と感情の動きが初めてその人自身を形作っていく。これの積み重ねが、人間の心に薄っすらと張り付いている不安感を取り除く鍵なのだ。
普段大人しいのに突然暴走する若者の背景には、この身体感覚の貧弱さという問題があると思う。この感覚が欠乏するといつか怪しい手法に引っかかって過度な身体的感触を体験し、間違った精神の陶酔を覚えて人生を崩壊させることすらある。ニュースでよく見聞きする。

人間とは心であり、同時にとてつもなく身体からだなのだ。

身体感覚の欠乏は怖いよ。だから息子にはあえて体力的に負荷の多い旅行をさせてみた。本人はしんどさを楽しんでいたが、私には春の苦悩に続き随分こたえた。