未曾有のコロナ禍で想うこと。

未曾有のコロナ禍で想うこと。

個人的には春先からじわじわと迫ってくる感じだったものが、4月真っ只中の今や毎日取り憑かれたようになっているこの新型コロナ感染への恐怖。

全国で緊急事態宣言が出たせいもあり、もはや外出時にマスクをつけることも最低限のマナーとして浸透しているようです。

志村けんさんの死

現時点で、このコロナ禍で一番ショックだった出来事といえば、あらゆる世代に愛されたお笑いタレントの志村けんさんが今年3月末に感染により突如亡くなったこと。

テレビやタレントには世間の人ほど好意を持てないこの私でも、訃報を聞いた時は思わず立ち止まり「うそ!」と人前で声を出し、その後数日間ずっと涙が止まらず、こうして時間が過ぎても個人的な日記ブログに書き込みたいと思うほど、彼の存在は大きく衝撃的なものでした。

なんでしょうね…。生前はそんなこと意識に上ることすらなく、愛すべきおじさん的な存在ではあったものの特に好きなタレントというわけでもなく、テレビで見かけるのもごく普通の感覚で、当然特筆するものなど一つも持っていませんでした。

なのに、亡くなった途端、心の中に広がるこの寂しさと虚しさ…。

訃報から数週間過ぎた今でも動画でコントなどを観て泣いてしまったりします。

亡くなってから気づいたんですね。「志村けん」と言う存在は、実はこんなにも自分にとって温かい存在であったことに。その温かさを失って初めて気づいたんですね。

こんな風に感じてる人は、この日本中にたくさんいるんじゃないかと思います。『自分ってこんなに志村けんさんを好きだったんだ…』と亡くした後に改めて気づいた人。

今、そんな私たちにできることは彼のご冥福を祈ることと、コロナ感染への意識を高め、彼の死を無駄にしないよう対処していくことだと思いますね。

本当に、テレビの中でしか知らない人の死をこんなにも辛く悲しく虚しく感じてしまったのは初めてでした。心から、「志村けんさん、この世に生まれてきてくれて、ここまで生きてくれて、本当にありがとうございました」と言いたいです。

エッセンシャルワーカー

世間では、すっかりテレワークが広まり、私がパートの仕事で通ってる午後の某建設会社も半分以上社員さんを見かけなくなり社内がとても静かになりました。

私の仕事はオフィスの清掃業務なので、社員さんが一人でも出社している限り必要になるわけで、仕事が完全になくなるということはまずありません。

情報ブログにこんな記事を書いてます。

何でも、医療従事者を始め、流通や生活必需品の販売やらゴミ回収やら、世の中を最低限回していく為の作業を行っている有事でも変わらず働く人たちのことを敬意を込めてエッセンシャルワーカーと言うそうですが、確かにこの空前のパンデミックであるコロナ禍において、テレワークが可能な仕事と不可能な仕事がパッチリと分かれ、職種への意識の違いに新たな側面が加わった感じですね。

私は埼玉県から都内に通っているので電車を使います。この電車が営業停止にでもならない限りは、仕事がなくなる心配はないわけです。仕事がパッタリ止まった気の毒な人たちがいる一方で、私のように働き続けて収入に困ることはない人もいます。

確かに、毎日感染者の多い都内へ出向いてるのですから感染リスクが高まるとはいえ、充分に注意をして与えられている現状に感謝しつつこの毎日を乗り越えてやっていきたいと思います。

使い捨てから布製マスクへ

使い捨てマスクがもはや店頭で簡単に手に入らなくなった今、多くの人が洗って何度も使える布製マスクを手作りしたりしてると思いますが、手持ちの使い捨てマスクに余裕があった私もついに、布マスクへの切り替えをすることにしました。

原因としては、使い捨てマスクを洗って使いまわしているうちにできる毛羽立ちが気になるようになったからです。あの不織布の表面の繊維が毎日常時鼻や口周りに当たるのが不快で不快で仕方なく、耐えがたいと思うようになったんですね。

アベノマスクと揶揄されてる政府から配布の布マスクはまだ届いてませんが、あんな小さくて立体でもなく数回で縮むようなマスクに何も期待することはできません。

そこで、ヤフオクやminneなどで、インナーマスクと言われるマスクの中に当てがう縫製された布地(結局マスクとして使うのですが)を購入しました。

快適さが比較になりません!

これなら、繊維の毛羽立ちが皮膚に当たることもなく、息苦しくなることもなく、一日中気持ちよくつけていられます。

今後マスクをするのはお化粧や身嗜み的な人前のマナーとして当たり前な世の中になるのかも知れませんね。コロナ以前からも埃除けのために常にマスクが手放せなかった私でも、何だかこの状況、世間は変わっていくなぁ…いう実感が湧き上がるばかりです。

得たものとは

兎にも角にも、この新型コロナウイルス感染の非常事態が収束に向かうのを願うばかりですが、その中で、日々当たり前のように傍にいてくれる人に感謝を伝える大切さ…。

この記事に書いたことは、本当に必要なことだと今再認識してます。この大変な事態の中で得たものがあるとすれば、一つにはその認識だと思います。

第一章  高 校 時 代 プロローグ 思い出 「あのね、音が降ってくるんだ、空から」  あれは、たぶん五歳の頃。  夕暮れの海岸を母と二人で歩いた日、幼い僕が放
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皆それぞれ悲喜交々、色んなドラマが生まれていると思うのですが最後には笑って話せるようになるといいなと思いますね。

失ったものの代償も大きいけれど、決して人々の心の中に希望がなくなることのないよう本当に祈りたい気持ちです。