根っからの一匹狼ならぬ一匹羊ならぬ一匹猫だと思う、自分は。
生きている中、わたくしの身に懐しかったものはさびしさであった。
さびしさの在ったばかりにわたくしの生涯には薄いながらにも色彩があった。
永井荷風「雪の日」
「さびしさ」を「懐かしい」と感じてきた。だからこの言葉を知ったときは、ああ、同じ感覚を持つ人がいるのだなぁとしみじみしたものだ。NOTEで、日々思うことを気軽に投稿していたとき、この言葉を取り上げて何か書いてみたかったけど結局しなかったのは、やっぱりこの「寂しさが懐かしさ」という感覚は、私にとって宝物のような愛しくかけがえのない感覚だったから「気軽に」書けなかったのだと思う。
心の地層を深部まで掘り起こし深い水脈を見つけるに至った期間、その過程を経てわかったのは、寂しさや苦しさにも二種類のものが自分の中に複雑に絡み合って存在していたということ。一つには、現実生活において深い共感を分かち合える人がなかなかいないという寂しさ。これは生い立ち、育った環境、経験、後天的要素、としてあるもの。アダルトチルドレンの苦しさもこちら側だ。もう一つは、実存的うつの苦しさを分かち合える人がいないという寂しさ。これは生まれつきの心理構造ゆえであり先天的な遺伝の話。このように生まれついており環境がどうあろうと経験がどうあろうと、私の脳は実存的うつの苦しみを感じてしまうということ。(後で気づいたことだけど、どうやら読者の多くの人には、私の見つけた「原点の心」「深層部にある苦しみ」のことを経験上の苦しみのことと勘違いされたようだ。実存的うつは、苦しかった過去の経験とは直接の関係がない。私が過去エピソードを書いた動機は、そういう人間にはこんな時どんな心の作用が起きるかの例を示したかったからだった。なのにこれを、わざわざ苦しかったアピールをして叫んでいる可哀そうな人と見なされたわけだ。まあ世の中読解力のない人ばかりなのでこれは仕方ない。)
大洋感情を持つ人間の実存的うつは、自分がどうかではなく、自分より苦しんでいる誰かの苦しみが自分のこととして入ってくるために自分が苦しい、という構造になっている。私は大洋感情シリーズでそれを書いた。このうつに関して、若い頃や今まではそれでもなんとか日々をやり過ごせてきた。私には夢中になれるものが多くあったから創作欲求を満たしながら、この寂しさを奥へ奥へと押しやって見て見ぬふりをしてこられた。人間的成長をする上で当面向き合う課題が多かったから、そこにある苦しさに取り組むことでこのもっと深い地層に眠っている苦しみには知らぬ顔をしてこられたのだ。
今後も、一つの選択肢としてはその方法がある。この「うつ」は概ね忘れて過ごす、という方法だ。これは知り合いや家族や気遣ってくださる周りの人たちから勧められる方法に思う。現によく言われたのは「肩の荷を下ろして」「もう大丈夫だよ」「実際は寂しくなんかないことにあなたは気づくべきだ」など。意味はよくわかる。それはとても大切な考えだと思う。けれども、そうしてまた見過ごして生きていった先に、今年の春みたいにこのうつに激突する日が二度と来ないなんて言えるのだろうか? 今年の春、私には外側から重大な出来事が起こったわけではなかった。親しい人が亡くなったり事件に巻き込まれたり家族の中で大異変が起きたりしたわけではなかった。全然そんなんじゃなかった。私の精神は穏やかで毎日幸せを感じながら生きてたので、ただの出来心で無邪気に自己分析めいたものを始めてみたのだった。本当に気軽に内面を探り出し始めたのだった。そのうち、まだきちんと分析できていなかった、多くの人と違っている「あるもの」に気づき、それが何かを徹底的に探ろうとした。そうしてわかったのが「実存的うつ」だった。
なんだ、ずっと子供の頃からこれはあったじゃないか。これのせいで私は二十年間聖書の道に進んだし、周りの人のことを「世の人」と呼んで自分とは違う世界と認識していた。当たり前のように私に独特な道を歩ませたこれの正体はこんな名前を持つものだったのだ。加えて年齢的な問題と経験から来ているうつもあることがわかった。問題は想定していた範囲をはるかに超えて深かった。痛みと激突して死を隣にみるまでに至った。独りきりで闘いやっと死の淵から抜け出してきてから、さらに深掘りを続けてみた。するとこれを上手く言い表せる言葉を見つけた。それが「大洋感情」だった。HSS型HSPやギフテッドなど、そんな分類ラベルなどでは到底表現し得なかったもの。既存の呼称では上手く説明ができなかったもの。それをはっきりと見ることができた。自我境界が薄い人間は共感性が激しく、報われず亡くなっていった者の心の痛みを自分の痛みそのものと感じる「心」が幼い日からずっと存在している。その心は自分の原点であり自分そのものであり変えることなど決してできない、ということ。
大洋感情について書くことで、たったひとりではあったけれど全く同じ感覚を持っている人の存在を知ることができた。その方からかけてもらった言葉は私の最奥部分にある「心」の救いとなった。なぜなら最も深い心理の奥にある苦悩に直接響く、それは「共感者がいる」というかけがえのない現実だったからだ。苦しかったけど、誤解されまくったけど、本当に書いた甲斐があった。原点の心に共鳴してくれる存在がこの世に居るのと居ないのとでは生きる上での意味がまったく違ってくる。もしも今後またあの実存危機に激突することがあったら、その時確実に私の心の支えになるからだ。noteでの記事投稿は一年足らずで終わってしまったけれど、恐怖体験までしたけれど、このことがあったからまったく無駄ではなかった。ただただその方の存在とその方が私にコンタクトをとってくださったことに感謝している。
今後どうするかについて落ち着いてゆっくり考えてみようと思う。私にとって避けられない実存的うつと向き合っていく道。おおむね忘れて幸せに過ごす道。どちらが良い悪いの話ではない。どちらも私の道なのだ。(そういえば私はずっと、心の闇を抱えている人と共感し合える場所として『この星の下に生まれて』というサイト名で実存的うつに苦しむ人の心の拠り所となるような、かなりシリアスな重いテーマのサイトを作ろうと、昔から発想を持っていたことを思い出した。あれを今後本当に形にするかもしれない。)
noteでは、今後の予定として積極的分離の最終統合に至ったと思われる方(すでに亡くなっている)の死の前夜の心境について個人的に知ってることを書き、それによりこの理論に真剣に向き合う方々の一参考にしていただこうと思っていた。なぜならそんな方の心境を知る人自体かなり少ないと思うから。普通に社会生活を送っている人はレベル5に到達した人に出会うことなどできないのを知っている。私は長年実存的うつに関わる特異な生き方をしてきたせいでたまたま知っている。理論を真剣に研究する人たちとこの情報をシェアしたいと思っていた。けれどある方から「愛と調和」を強要されて、私の言葉の勝手な解釈の元にひどいお叱りを受けて書くことができなくなってしまった。結局noteでこれをシェアする道は閉ざされた。
交流……か。自分の外側にある実生活のことや一般的な哲学思考や感情の揺れなどを共有できる仲間ならば得ることが叶うと思うけれど、激しい創造的本能を伴う複雑な精神世界とこの恐ろしい実存的うつを持つ苦しみを分かち合える存在や仲間を得るにはやはりそれなりの場所での発信が必要となるように思う。それは、この自分のサイトでは叶わない気がするな。ここでは交流につながりにくい。だって今、以前ではとても考えられなかった深い内面世界を持つ素晴らしい友だちができたのだってこのサイト以外で書き続けたからこそのことだった。
ここではないどこか。それはどこ?
それは間違いなくnoteしかないと思うけれど、その「交流が得られる場で書くこと」について、あといくらか立ち止まって考えてみようと思う。
追記:
もうnoteは覗きたくない。正しい行動を他者に強要する人の幸せオーラにあふれた記事がホームに流れてきたり一瞬でも名前を見てしまったり好感を持つクリエイターさま方がその人に関わってるのを見ると今はどうにも不快だし気持ち悪くてたまらない。自分が影響を与えた人のことを思い何一つ心が痛まない、ひたすら明るく笑ってサヨナラできるような感受性の欠片もない人間が悦に入って幸せメッセージを繰り出し続けている。周りもちやほやしてその人の態度を無言で認めている。心の痛みに気づかないそんな人々の世界にはもう二度と行きたくない。しばらくは見ることもできないと思う。相手の心の痛みをちゃんと感じとれる人とだけ私は本当の交流がしたい。きれいごとなんかじゃなくて。
ここまでもし読んでくださった方いましたら私の頭の整理にお付き合いくださり本当にありがとうございました。
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