
※この記事は全体が16,000文字。
ちょー個人的なしょうもない内容ばかり。ご注意を。
( 私は人を救う能力を持っていない価値の低い人間だと思う。)
本題前のおしゃべり(1)
去年から書きかけの小説があって、仕事とココナラのサービスを落ち着かせて、今年の四月頃から続きに取りかかるつもりだった。ところが今年うっかりnoteで自己分析から始まり自己探求の旅へ出る記事を書き始めてしまい、あらぬ方向へ。かつてない恐怖体験をした。マルポテゆえか、刺激追求性ゆえか、私の頭の中にはたくさん方向が詰まっていて、いつどれが飛び出すやらしれない。一旦アカウントが途切れたことで続きを書くチャンスが到来したわけだが、これがどうしたことか。自分らしい小説がもう書けなくなった。テクニック的には少しも問題ない。先日別の話を書き上げたのだから。問題は欲求が薄くなっていることだ。でも、まだそれを認めたくない自分がいる。こわい。こうしてさらりと文章にしてるけどものすごくこわい。恐ろしい。今まで書いてた小説は単なる趣味なんかじゃなかった。私を正常に保つための方法でもあったからだ。このままこれを書く自分が消えてしまうなんて、ありえない恐怖だ。

だから、今日ここに、少し先にいる自分へ向けて、昨年書いた小説文を置いておこうと思う。誰かに読ませるためのものではない。全然そういう文章じゃないので、もし覗いてしまった人はごめんなさい。本来そんなものをnoteに置くなんていけないことだろうけど、複数居る私のうちの強い力を持つ私がよくここを覗くので、続きを書ける自分を取り戻すために、薄れる記憶を補完するために、自分の目に留まるようにしておこうと思う。見返してるうちに書けるかもしれないから。
この話は構成上、「入れ子」になったお話で、イントロ部分は本軸となる外側の話。貼り付けるのはちょうど入れ子部分からの文章になる。途中からなのでストーリーとしては意味不明。私が書いてきたシリーズ[ジャンルは女性向けライトノベル]の続編の短編(予定では五万文字程度)で、日常ミステリーなテイスト(つまり謎解きのお話)、かつ日本的情緒を醸し出すことが目的。謎も答えもすでに出来上がっていて、伏線を張る場面と回収する場面もすべて頭の中で仕上がっている。残すは執筆のみ。これを書くはずが、三日前に突如閃光的直感が起きて一つストーリーが思い浮かび衝動のままに書いた全然別の話を昨日アップしてしまった。(自分の頭に自分がたくさん詰まってる感じがして本当しんどい。つらい。シンプルになりたい。夜は自分が散乱してしまい混乱して頭が割れそうになる。)
アップしておくときっと文章を書き直したくなるので、「書ける自分」が徐々に戻ってくるだろうとの試み。これはNo.1-Bを取り戻す作戦だ。(もう一つの作戦があってそれは今実行中。ココナラで信頼できる書き手様に自分の話の二次創作を数年ぶりに依頼してみた。)
自分も執筆する方とか、小説に興味がある方、もしお付き合い頂ける方は、私の文体や構成力がどんな感じかを少し見てもらえるかもしれないが、参考になる部分があるかはまったく不明。※問題解決後に、記事ごと削除する可能性が高い。
本題前のおしゃべり(2)
『ニセアカシアの庭で』

私は必ず小説の中で書き込みたいものがある。それは何らかの植物か現実の地名、実際に存在するアイテム。特に音楽を入れたい。今回入れるのは『蘇州夜曲』という風情のある曲。
ちなみに昨日唐突にアップした小説『天秤』は、『沈丁花』というタイトルとどっちにするか悩んだ。Midjourneyで沢山絵を描いた。例えばこんなの。

こんなのも描いてくれたがどれもタイトル画像としてはいまいち。ここで供養させてもらおう。


****
以下、私のお話。Midjourneyがドンピシャな絵を描いてくれた。本編と、番外編と、続編。

『潮風のアルペジオ』22万文字

『夏へ続く道』11万文字

『シニカルマン』1万文字
↓イントロを少しだけ貼り付けてみる。「一、謎の手紙」は抜かして「二、湖畔の宿」からをイントロの下に。本文軽く一万文字超えてるので御用のない方はこれにて失礼。ここまで読んでくれて感謝。またよろしくです。
どこの部分もまだ充分に推敲ができていないので、かなり拙い文章だ。取り戻し作戦のため、致し方ない。
本題 (書きかけ小説の本文貼り付け)
気が変わって本文削除済み。
2024/12/29
本題後のおしゃべり
以上、昨年書いた部分。
このあとから本格的に? 謎解きにつながるエピソードに入っていく。最後はパズルの答えが出て、最後の最後にどんでん返しがあって……。そもそも本元の謎である手紙の文面を載せてないのでここで書いても仕方ないのだけど。(読み直して気づいたけど構成上の矛盾がある。宿屋と下宿の混乱。空白部分もある。後で直すつもりだったんだろうな。)
はたしてこの続きが書けるのか? 私の中に書きたい欲求がちゃんと戻ってくるのか? 登場人物への感情移入というものが今はほとんどできなくなっているけれどまたできるだろうか? (こうしてアップしてしまったのは、もう書けないことをわかっててお別れをする意味があるのだろうか?)彼らは私の分身みたいな存在なのに。
因みに、先日書いた話は三人称(客観寄りの一元視点、所々神視点っぽい部分あり)だけど、やはり三人称というものは高度な書き方だと実感した。視点のブレが起きるギリギリラインの表現が多々生じてしまったと思う。私はやっぱり一人称で本人に成り切って自由に書くのが好きだ。
自分の中の自分が無くなることの恐怖を感じてくれる方はあまりいないとは思うけど。「消えかけたNo.1-Bを取り戻す作戦」の経過は今後また記事にしてみる。それと、こんな事態を迎えている自分のことをどう捉えているのかも書いておきたい。消えてく自分が怖すぎて自分のことしか考えていない記事を書いた。どうしようもないこんな投稿にもしここまで目を通してくれた方いたら、貴重な時間を奪ってしまい本当にごめんなさい。そしてありがとうございました。
