「玲人、今時間ある? あのさ……」
「昼は和食か洋食どっちがいい? キンメダイが有名らしいんだけど、そうすると煮つけかアクアパッツァかな。どっちが好き?」
「車酔いしやすい? 玲人さえ良ければ俺のクーパーで……」
「玲人! ちょっと聞きたいんだけど、この店どう思う? 玲人の好きそうな……」
――旅行に行く日が決まった途端、僕は優一から質問攻めの毎日を送っている。
【特別な一日】
事の発端は凛と凪々の自由研究のテーマだ。イルカの耳小骨が話題になり、色々あって僕と優一で探すことになった。
みゆきさんに「せっかくだから泊まってきたら?」と後押しされ、僕と優一の初めての外泊旅行が決定した。
(どうして優一は焦ってるんだろう……)
爽やかな陽光が降り注ぐ夕凪ハウス。中庭には大きな物干し竿が数本設置されており、ゲストルーム用のベットカバーやシーツが何枚もかけてある。
僕は両手をいっぱいに広げて、大きくはためく空色のシーツを包むように掴む。
大きな洗濯バサミを外して取り込んだあとは、各部屋へ運んでベッドメイキングをする。庭で摘んだミントを入れた霧吹きをシーツにかければ、今夜は陽光とハーブの香りに包まれて心地よく眠れるだろう。
みゆきさんは「一週間くらい楽しんでくればいいのに」と言ってくれたけど、夕凪ハウスはこれから忙しくなる時期だし、お世話になっている僕としては長い間留守にするのは気が引ける。
優一も僕の気持ちをわかってくれているのか「一泊二日で大丈夫だ」と言ってくれた。その横顔は少し寂しそうだった気がするけれど、どうだろう……きっと僕の考え過ぎだ。
旅行まであと一週間しかない。突然決まった話だから時間がないのは当然なんだけど、それからの優一は考え事が多くなったし、気がつけばいつも調べ物をしていた。
そんなに遠出をするわけではないから入念な準備は必要ないと思っているんだけど、リビングには旅行雑誌やネットの情報を印刷した紙が広がって、付箋やマーカーでカラフルになっていた。
難しそうな顔でスマホや雑誌を読んでいる優一に「僕もやろうか?」と伝えたら、優一は「気持ちだけで嬉しい。けど今回は全部俺に任せて」と言ったきり手伝わせてくれなかった。
何もしないで、と言われた割には質問づくめなのも不思議な気分だ。僕ってそんなに頼りなく見えるのかな……。
(今までは確かにそんなに旅行に行く機会はなかったけれど。それこそ一泊二日なんて……ん? そういえば。一泊二日ってことは、泊まりになるってことで、それって……)
「……初めて、二人きりで、一晩過ごすってこと……?」
意識した途端、一気に体温が上がる。僕は口にしたことを後悔した。
同じ家に住んでいるけれど、一晩中二人きりになったことはほとんどない。
少し前に智彦さんが開催したバーで酔っ払ってしまった時は、優一がつきっきりで夜通し看病してくれたみたいだけど、僕はほとんど覚えていなかった。
(二人っきりで泊まるってことは、そういう事になるかもしれなくて……それは僕の期待しすぎかな? 優一はそんな事考えてないかもしれないし)
僕の思考は止まらない。
(それに期待って何だよ。まるで僕が望んでるみたいじゃないか……いや、確かにちょっとはそう、思ってるけど)
(こんなこと考えてるなんて優一に知られたら、きっと呆れられる。もしかしたら嫌われてしまうかも。けど、でも……)
「玲人?」
「ひゃっ!」
背後から良い声がして、僕は文字通り飛び上がる。
振り返ると、形の良い眉を不思議そうに曲げて僕を見つめる優一がいた。
「こんな廊下の真ん中で立ち止まってどうしたんだ?」
「な、な、何でもない」
「そうか? なんか頬も少し赤いけど」
「こ、これは……」
両手で抱えていた毛布にぼふっと顔を突っ込み、頬が見えないようにする。我ながら子供っぽい行動だと思う。恥ずかしくなって上目だけで優一を見つめると、優一は「ははっ」と口の端を隠して笑った。
「熱とかじゃないなら大丈夫だ。けど油断は禁物。旅行に備えて、今日は早めに休めよ」
優一は指の背で僕の頬を少し撫でた。
「う、うん……」
「よし」
優一はニカ、と笑う。僕はその笑顔に弱い。
「じゃあ俺は部屋に戻るから。あ、さっきラインにいくつか観光地の情報送っておいたから、行きたい所があったら教えて?」
「わかった。ありがとう」
「全然」
優一は片手で手を振るとそのまま廊下の奥へ消えた。
僕はシーツを抱えながら、しばらく呆然としてしまう。
「はぁ……家にいるだけでもこんな感じなのに、旅行に行ったらどうなっちゃうのかな……」
一泊二日だけなのに、心臓がドキドキして身が持たないかもしれない。僕は再び毛布に顔を埋めた。
***
あっという間に当日の土曜日。僕たちは軽めに朝食を食べて、午前八時過ぎには夕凪ハウスの駐車場にいた。
「うわぁ……」
目の前には優一が大事にしている黄色のミニクーパーがあった。車にあまり詳しくない僕だけど、この車はカッコいいと思う。
「初めて間近で見たけど、すごく格好いいね。何だか優一に似合ってる」
優一は車のキーを握ったまま軽く髪を掻いた。少し照れているみたいだ。
「まあ、扱いにくい所は似てるかもな。左ハンドルだから駐車券は玲人に取ってもらうことになると思うけど……」
「それくらい全然構わないよ。助手席に乗るの、本当に楽しみ」
「そっか。よかった」
優一はほっとしたような笑みを浮かべると、早速運転席に乗り込んだ。僕も隣に座り、シートベルトをしめる。
「よし、出発」
優一がエンジンをかける。僕はうなずく。
いよいよ僕らの旅が始まる。
***
旅の目的はイルカの耳小骨を探すことだ。僕らは三浦半島に目的地を設定した。
半島までは車で一時間半もあれば到着してしまうけれど、色んな所に寄り道をする計画を立てたら、一泊二日の予定はあっという間に埋まってしまった。
遠くの有名な観光地へ行く案もあったけれど、近場でのんびりするのも僕達らしくていい気がする。そんなことをぼうっと考えながら、横目でちらりと左を見た。
優一は運転に集中しているから、僕が横顔を見つめていることに気が付かないだろう。
いつもは恥ずかしくてまじまじと顔を見ることは出来ないけれど、今は堂々と盗み見ができる。
これもドライブデートの特権なのかな、なんて考えている僕は、この状況にしっかり浮かれているのだろう。
そんなことを考えていると、オーディオから聞き覚えのある曲が流れてきた。
「あれ? この曲、懐かしい……高校の頃によく聴いてた」
そう言うと、優一はハンドルを握りながら微笑む。
「ん。他にも聴きたい曲があったら変えていいから。ここ押すと次の曲で、アルバム変えたかったらここを……」
優一は左手でハンドルを握りながら、車に内蔵されたCDデッキをいじって見せてくれた。
最近の車はデジタルデータ内蔵式だけど、優一のクーパーは中古だから、そういう機能は無いらしい。けれど僕はデジタルデータよりCDの方が好きだ。
時代遅れといえばそうかもしれないけれど、アルバムなんかはアーティストが曲順を大切にして配置しているのを知っているし、CDやジャケットを実際に手に取って、どうしてこのデザインにしたんだろうって考えるのも楽しい。
今流れているのはディーブレのセカンドアルバム「Wish」の「Talk to me」。
もう何年も前の曲なのに全く色褪せていないどころか、新鮮さすら感じる。それがディーブレの魅力だ。
このアルバムの少し後にリリースされた「Sunny」も夏らしい一曲ではあるけれど、「Talk to me」はもう少しアップテンポだ。
「Sunny」が海にゆっくり沈んでいく感じなら、この曲は光に向かって進む感じ。爽やかな日差しの中を颯爽と駆けていく。そう、丁度今みたいに――
「I’m thinking about you all day and night――」
電子音じゃない、澄んだ音色が隣から聞こえる。きょと、と隣を見ると、優一が「Talk to me」を口ずさんでいた。
少し開いた窓から潮風が入り、優一の柔らかな髪がなびいている。日差しの中、金色の髪がきらきらと輝いて目が離せない。
快調に流れていく景色と音楽と、優一の横顔。映画のワンシーンのような光景に、僕は瞬きができなかった。
「……見惚れてた?」
ハッとした瞬間、優一が意地悪そうな、けれどどこか嬉しそうな表情でこちらを見ていた事に気づいた。僕は慌てて首を振る。
「いや、その、優一の英語の発音、綺麗だなって……じゃなくて、この曲を知ってるの凄いなと思って。随分前の曲だし、そんなに有名じゃないから」
緊張する話題でもないのに、なぜかしどろもどろになってしまう。
意識していると気づかれるのがなんだか照れ臭かった。何でだろう、もう恋人同士なのに。
「ま、まぁな。偶然……っていうか」
僕につられてしまったのか、なぜか優一の声も上ずっていた。
「? う、うん。そういえばディーブレのアルバムがすごく揃っているね。これはインディーズ時代のだし……優一もそんなにディーブレが好きだったんだ」
「まぁその、なんだ。うん……ま、今度話す……機会があれば」
「? うん」
優一の口調に歯切れがないのも珍しい。何か気になる事でもあったのだろうか。その後もぽつぽつと他愛ない会話をしながら、ドライブは順調に進んでいく。
楽しい時間を過ごしていると、なぜか不安が頭をよぎる。僕の悪い癖だ。
(僕は本当に、優一の恋人なのかな……)
僕はゆっくりと目を閉じる。確かに気持ちは伝え合ったけど、僕と優一はそんな感じじゃない、と思う、多分。
僕ばっかり好きなだけで、優一は相変わらずずっと格好いい。優一くらい魅力がある人なら、平凡な僕にすぐに飽きてしまうかもしれない。
優一はいつも僕を気遣ってくれる。それはすごくわかる。けれど僕が優一に返せることなんて何一つない。
今回の旅だって、優一が全部プランを考えてくれた。僕は優一の出す選択肢にただ頷いていただけだ。そんな人間、優一の恋人失格だ。
「――よし、着いた。まずは第一目的地だ。いっぱい楽しもうな」
「……うん」
優一の笑顔が眩しい。けれど、僕には勿体ない表情なのかもしれない。
***
「結構楽しめる施設だったな」
「うん。広場の花も綺麗だったし、動物とふれあえるゾーンがあるなんて知らなかった」
「な。アルパカに会った時の玲人の表情といったら……」
「そ、そりゃちょっとはしゃぎ過ぎた自覚はあるけど……そんなにいじる事ないだろ」
僕たちは半島の先にあるちょっとした観光施設で自然を満喫した後、優一が探してくれた和食屋さんで昼食をとっていた。
人混みがそんなに得意じゃない僕にはぴったりのこぢんまりとしたテーマパークだった。広大な園内に広がる花畑を見ながら他愛ない話をしたり、ホタルの住む川を散歩しながら、その生態について調べたりするのも楽しかった。
優一との一緒の時間を思い返しながら食べるご飯はとても美味しい。
普段は食が細いと言われることが多いけど、今日はおかわりしてしまうかもしれない。
「うまいか?」
「うん!」
「よかった。反対車線側の店の方が玲人好みかと思ったんだけど、次の目的地のこと考えると営業時間が微妙でさ。本当は妥協したくなかったんだけど……」
優一はスマホをスクロールする。箸は止まったままだ。
そんな何気ない仕草なのに、僕はなんとなくモヤモヤとした気分になった。
「……優一は、このお店のご飯美味しくない?」
「ん? 美味しいよ。けど玲人が満足してくれる事の方が大事だから」
何でもないように話す優一。けれど僕の心は晴れないままだ。
「優一はさ……この旅行、楽しい?」
僕は下を向きながらぽつりと呟く。なんだか顔が上げられない。
こんなに楽しい時間なのに、なにを弱気になっているんだろう。自分でもよくわからない。
優一が返す言葉だってわかっている。けれど僕は納得できない。
それがどうしてなのか説明できないけれど、でも……。
「――楽しいに決まってるだろ」
(……ほら、やっぱり)
優一はいつものように微笑む。だけど僕の心は曇ったままだった。
***
昼食を終えた僕たちは海沿いを更に南へ走り、三浦半島の最端の、更に端にある小島へ向かった。
三浦半島とは橋で繋がっていて、その島には有名な詩人の詩牌や、ラベンダー畑もある。この小島にある浜で今回のメインイベント、イルカの耳小骨を探そうというわけだ。
「わぁ……凄い景色だね」
「そうだな。夕凪ハウス辺りも景色はいいけど、ここには負けるな」
日光が水面に反射してきらきらしている。優一は額の前に手をかざし、眩しそうに目を細めた。
「この辺りなら観光客も少ないし、耳小骨が見つかる可能性も高いかも」
「ああ。けど割と日差しが高いから油断せずいこう。日射病にでもなったら折角の旅行が台無しだ」
「そうだね」
僕と優一は靴を脱いで浜辺を歩く。素足に冷たい砂の感触が心地いい。
波の音が聞こえる。心拍数のようにゆったりと、一定のリズムで寄せては返す。
まるで音楽みたいだ、なんて言ったら優一は笑うだろうか。
「玲人、見てみて」
後ろから声が聞こえる。僕は振り返ると、優一は足元を指さしていた。
「なに?」
「俺たちの足跡、すぐ消える。波がさらっていく感覚が面白いな」
「……本当だ」
海と平行に伸びる二人の足跡を、波が起こす白い飛沫が溶かしていく。
まるで僕達の存在を消してしまっているようだ。
「なんだか不思議だな……ここには僕たち二人しかいないのに」
「うん?」
「波が消しちゃったら、僕達がここにいたこと、誰が証明してくれるんだろう……」
僕はぐるりと周りを見渡し、空を見上げた。潮風が僕の髪を撫でる。前髪が目に入らないよう、指で押さえる。
「…………」
優一は答えない。
気が付けば、僕は背後から抱きしめられていた。
「なっ……!」
一瞬何が起きたのか分からなかったけど、自覚した瞬間に心臓が跳ね上がる。
「優一っ……、ここ、外だから……!」
僕は混乱して、本当に伝えたいことが言えなかった。
「……誰もいない」
「けど、でも……」
「……俺たちが証明し合えばいい。ここに、俺と玲人がいたこと」
それだけで充分だろ、と囁く優一の手が熱い。背中から鼓動が聞こえて、僕の心臓と共鳴している。
波が僕たちの足跡を消していく。この世界から取り残されたような、消されてしまったような、二律背反の感覚。
けれど僕たちは確かに此処にいて、お互いの体温を共有しあっている。
「……俺は絶対に玲人を見失わない。世界中から人がいなくなっても、俺は玲人を離さないから」
優一の腕に力がこもる。僕の唇は震えて動かない。
どうして優一はいつも僕に答えをくれるんだろう。
僕の不安をかき消して、海より広い心で包んでくれる。
だから僕はいつも優一に甘えてしまう。とろけた砂糖菓子を口に含むような感覚。依存性が強く、離れることができない。
「…………ありがとう。僕も…………」
――僕の言葉を波が掻き消す。聞こえていない筈なのに、優一は僕の首元で頷く。
沈黙が感情に満ちている。一瞬が永遠に感じる。
「――イルカの耳小骨、探さなきゃ」
僕はゆっくりと優一の手をほどく。優一は小指を名残惜しそうに撫でると、「そうだな」と背を向けた。
――あれからしばらく歩き回ったけれど、結局イルカの耳小骨は見つからなかった。
そんなに簡単に見つかるものじゃないと知っていたから案の定という感じだったけど、優一はちょっと悔しそうだった。
僕の提案で近くにあったラベンダー畑を散歩していると、優一は元気を取り戻したようだ。
「ラベンダーに鎮静効果があるって本当なんだな」と笑う優一の表情に、僕はなんだかほっとした。
双子へのお土産はラベンダーのポプリにしようか、なんて話しながら、僕たちは島を後にした。
***
「疲れた?」
「ううん。楽しかったから」
「そっか。もうすぐで今日の宿だから」
ラジオが静かに流れる車内。景色はすっかり夕暮れになっていた。
水面に夕焼けが反射して、紅く染まっている。この時期は日暮れが遅いから、結構遅くまで外が明るい。
結局イルカの耳小骨は見つからなかったけど、かけがえのない時間を過ごすことができた。
車を宿に置いて、近くのレストランで夕食を楽しんだ。このお店の料理もすごく美味しかった。
「少し歩こうか」という優一の提案で、散歩がてらゆっくりと宿に戻ることにした。
昼は少し暑かったけれど、日が落ちるとだいぶ涼しい。浜辺から流れる潮風が肌を撫でる感覚が好きだ。街灯が少ないから、星も良く見える。
(あの星、明るいな)
星に詳しいわけじゃないけれど、あれは多分オリオン座だろう。
そういえば、ディーブレの曲に夏の大三角形をテーマにしたタイトルがあったな。彼らもこんな風に夜風に当たりながら思いついたんだろうか。
顔を上げて暗闇の中に光を探したら、音楽が降ってくるのかな。耳を澄ませば聞こえるかもしれない。
優一と一緒に聞けたら楽しいかも、なんて考えてしまう。
――そんな時だった。
「…………残念だったな、見つからなくて」
「え?」
「イルカの耳小骨のこと。見つかってたら完璧だったのに。きっと忘れられない旅行になった」
優一は自分の足元を見ながらぽつりと呟いた。昼間のことをまだ気にしているみたいだ。
完璧主義な優一のことだから、百点満点じゃないと納得できないのかもしれない。
けど、やっぱり……。
僕の感じていた違和感が再び頭をもたげる。歩調が鈍くなり、やがて止まった。
「……玲人?」
不思議に思った優一が振り返る。僕は前を向くことができない。
言葉にするのをずっと戸惑っていた。けど、今言わなきゃ後悔してしまう。
僕はやっとの思いで口を開いた。
「優一はさ……星、見た?」
「星? あ、あぁ」
僕の声で初めて顔を上げる優一。やっぱり。僕は拳に力をこめる。掌に爪を感じる。
「……優一は、この旅を本当に楽しんでないんだと思う」
「なっ……! そんなわけ、ないだろ!」
突然のことに驚いたんだろう。優一が僕の両肩をつかむ。僕は目を背けたままだ。
「……違うよ」
ふり絞るように言葉を紡ぐ。なぜか涙も溢れてきた。
僕の心は涙腺と連動しているらしい。
「優一はいつもどこか上の空だったよ。僕ばっかり楽しくて……優一が望むこと、叶えてあげられなかった」
僕が掌を握りしめる瞬間、涙がぽたりとこぼれた。
ずっと我慢していたのに、駄目だった。僕はやっぱり役不足だ。
「玲人……?」
僕は優一の優しい指を跳ねのける。涙が頬を伝うけれど、そんなことはお構いなしだ。
「優一はいつも完璧で……僕はそんな優一に追いつこうと必死だった。けれど、やっぱり無理だった」
僕は一息つく。そして続けた。
「優一にはもっと相応しい人がいるよ。僕なんかよりずっと、完璧な人が。ごめんね、優一。僕はずっと役不足で……」
「――――何、言ってんだよ!!」
力強い腕が僕の手を引き、勢いよく抱きしめる。
僕の呼吸は強制的に止まる。
「俺は、玲人に喜んでほしくて、玲人にとって忘れられない旅になればと思って……」
優一は更に腕に力をこめる。
「俺のことなんてどうでもいいんだ。お前が全てだから。けど俺が不甲斐ないせいで、完璧なプランが用意できなくて……!」
優一は自分自身の言葉に弾かれたように顔を上げる。そして僕を見た。
「……悪い、俺……」
「――ううん、大丈夫」
僕は自然と眉を下げる。心がやっと通じ合ったような、あたたかな感情が胸の中に広がった。
優一の本当の心を知ることができた。それだけで、心の中のわだかまりがほぐれていくのを感じた。
「……優一がそこまで考えてくれてたなんて、気づかなくてごめん」
鵜足はいつの間にか向き合っていた。
遠くから波の音が聴こえる。
優一は憂いを帯びた目で僕を見つめた。
「そんな……俺こそ、玲人を不安にさせてごめん。こんなんじゃ、お前の恋人失格だ」
恋人、失格? 予想外過ぎる言葉に、僕はぱちくりと瞳を瞬かせた。
「それは僕の方だよ。僕こそ優一の恋人にふさわしくない」
「はぁ? 玲人の恋人にふさわしくないヤツなんているわけないだろ。今回の旅でいい所見せようと思ったのに、店選びも失敗するし、耳小骨も見つからないし……いい所なんてひとつも……」
「そんな、優一はいつも完璧だったよ。僕はいつも着いていくばかりで、一つもしてあげられなかった。だから……」
お互いの言葉を理解した瞬間、ふたりは瞳を合わせた。
一瞬の沈黙が流れた瞬間、どちらからともなく笑みが零れる。
「――同じこと考えてたんだな、俺たち」
優一は今にも泣き出しそうな顔で僕を見た。そんな時でも恰好良いなんてずるいな、なんて。
……そんなことを考えていたら、長い指が僕の輪郭を包んだ。そっと上を向かされると、唇に柔らかい熱が伝わる。
僕と優一はいつの間にかキスをしていた。優一の鼓動と香りで、僕の中はいっぱいになる。
おずおずと伸ばした腕を優一の背中に回して、強く繋ぎとめる。優一の感情を体中で受け止める。
――――いつまでそうしていたかわからない。
僕たちは世界に二人きり。そんな風に自惚れてしまうくらい、幸福で満たされた。
優一の熱い指が僕の指を絡める。そのままゆっくりと宿へ向かう。
……星のきらめきが落ちてくるような、忘れられない夜になった。
***
「……大丈夫か?」
「まだ座ってて。俺が荷物持つよ」
「疲れてるだろ。辛かったら遠慮なく言えよ」
「玲人、それは俺がやるから……」
――宿で一泊した次の日、僕は優一に散々甘やかされていた。
「歩けるか? 俺が手を貸すから、玲人はよりかかって……」
「も、もう! 大丈夫だから!」
僕は恥ずかしさと気まずさで優一の手を振り払ってしまった。
優一はそんな僕を見て嬉しそうにはにかむ。
「悪い。なんか嬉しくて」
優一は昨夜の出来事を反芻しているのか、愛しそうに僕の頬をなぞった。
「玲人があまりにも可愛いから止まらなかった。腰にも大分負担をかけたはずだから、大変だったらもう一泊……」
「~~っ!」
直接的な表現に、顔が一気に熱くなる。
僕は優一の胸を軽くたたいて反抗した。
「そ、そんな可愛くないから! 第一やめてっていっても止まらなかったのは優一の方でしょ?!」
「ああ。玲人のとろけた表情を見て止まるはずがないからな」
「だから、そんなにはっきり言わないで……!」
「玲人と一つになる感覚、本当に最高だった。毎日でもしたい。何なら今からでも……」
「……っ、何、言ってるんだよ!」
僕が繰り出したパンチを、優一はひらりとかわす。
「そうやって照れてるところもたまんない」
「わかった、わかったから……!」
僕は恥ずかしさで混乱するけど、正直少し嬉しかった。優一がこんなにはしゃいでいる姿を見れるなんて。
「……本当に、最高の旅だった」
僕はぽつりと呟く。それは自分自身へ送るメッセージでもある。自覚するだけで、心が暖かくなる。
「どうした?」
優一が甘い声で問いかける。僕はゆっくりと首を振る。
「ううん、なんでもない」
さあ、行こう。と優一の手を取る。僕等ははしゃぎながら、海沿いの道へ向かった。
終
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