
こんにちは、ねこです。
ココナラで同人作家さまの小説作品の「文章をよりよくする」お手伝いをしています。
書き慣れない方、地の文は苦手だという方、そんな方々の文章をリライト(描写の追加)したり、文章の構造が理解できるような指摘や書き方アドバイスをたっぷりお伝えして、私自身も勉強しています。
そんななか、多くの方に陥りがちなパターンがあることに気づくようになりました。初心者によくある特徴、書き方の癖、やってしまいがちな間違い、そんなものを「自分自身の気づき」としてここにまとめていきたいなと思っています。
文法的なことも取り上げたいですが、今日は一般的な多くの文章と小説の文章の主な違いである『描写』にフォーカスしてみたいと思います。
ちなみに、私自身は文章を書くことを生業としているわけではなく、有資格者でもなければプロでもありません。長編小説の執筆経験はありますが、創作者としてはその世界の入り口に立っただけの至らぬ身です。
そのことを重々承知していますので、あくまでもこのnote読者の対象は、本当に書き慣れていない方、小説を書く際文章力に自信がない方になっています。あしからず。
目次
物語を読むことは『感情体験』をするということ
ビジネス文書、実用書、ブログ、新聞、コラム、エッセイ、論文などなど。この世は文章で満ちています。なかでも芸術として表現される文章があり、小説はその中心にあるような存在なのかもしれません。
小説の文章には物語がある。これは誰しもが知っていること。そもそも小説以外にも「ストーリー」というものは色々な文章の中に含まれているものです。人が心を動かすとき、何かの行動に出るとき、そこには必ずといっていいほど頭の中に思い描かれた『ストーリー』があります。
物語とは『人間の話』とも言えるし、それゆえに物語を読むことは『感情体験をすること』とも言え換えられます。
感情を揺さぶる
大なり小なり小説はまさにこれを意図して書かれているのではないかな、と。
最後のページを読み終えたとき、一ページ目をめくる前にはなかった何らかの『感情』が生まれている、それが物語を読む醍醐味ですよね。
そこで、この『感情体験をする』ために必要になってくるのが主に「描写」なのではないかな、と思うわけです。
小説には、説明をメインとする他の文章と違い、説明ではない部分がある。これが『描写』であり、それゆえに他の文章と違う独特なものになっている。小説ならではの言い回しや表現方法というものがあって、人は物語を読みながらこうしたものに翻弄され、魅了されながら、気づくと世界に没入していて、結果的に感情が動いてしまうのですね。

小説のストーリーは出来事の説明の連なりではないのです。それは感情を揺さぶる仕掛けとして『描写』が駆使されているから。映像や絵がなくてもこの描写により深い没入感を読者に与えられる、そこが小説の強みでもあります。
依頼者さまからお預かりする、ほぼ初めて書いたという作品などを見ると、この描写が充分でなかったりすることがよくあります。
これがいかに大事なものかをまだ分かっていないからなのかもしれません。あるいは、そもそも説明と描写の違いを知らず、ついつい出来事や意味の説明に終始してしまうのかもしれません。
説明と描写の違い
描写には『心情描写』『背景描写』色々な言い方、種類があると思います。場面場面において、映像が浮かび上がってくるような、手に取るように伝わってくるような、その場の風景、心情、人物の動作、空気などが切り取られるように描き出されている部分ですね。その名の如く場面を描き写すこと。つまり、説明以外の部分はほぼ描写でないかと思います。
びょうしゃ【描写】
ありさま・感じを描き出すこと
じゃあ説明って何でしょうか?
これは意味を伝えるために書かれた部分です。
せつめい【説明】
ある事柄の内容を、理由や具体例を挙げて、よくわかるように述べること。わかりやすく教えること。
例えば……。
A)部屋から外へ出ると、すでに日が暮れて夕方になっていた。
B)彼女に嫌味を言われた私は不快な気持ちになり、思わず大声で反論した。
C)いつの間にか秋が来て、仕事に出かけるとき肌寒さを感じるようになった。
……思いつきで適当に書いてみましたが、こうした文はほぼ『説明』の部類に入ると思います。出来事や事象の意味をそのまま読者に伝えているわけですね。
一方、上の文章を少し『描写』に置き換えてみましょうか。
(本来、ここからここまでが説明、描写、とはっきり線引きできるものではないですが、わかりやすくするためにあえて違いをつけて書いています。)
A)重い扉を開け、冷えた外気の中へゆっくり一歩踏み出すと、西空は一面輝くばかりの茜色に染まっていた。
B)彼女の捻れた言葉がちくりと私の胸を刺した。棘のような痛みがみるみる気持ちを覆いつくす。私の口から飛び出したのは、相手を突き放す冷たい言葉だった。
C)朝出かけるとき上着を一枚余分にひっかけていく、そんな季節になっていた。
A)は「外へ出る」「夕方」これらの直接説明された言葉を用いず書きました。
B)は「嫌味」「不快」「反論」を使わずに心情を表現しました。
C)も「秋」「肌寒い」を使わずに同じ季節を表してみました。
『そのままの意味を書く』ことは、もちろんそれが必要な場面ではとても大事ですし、適宜それがなされないとそもそも話は進んでいきません。説明はわかりやすいので、状況がすんなり理解できます。
でも逆にいうと味気ないのですね。ニュアンスのようなものが伝わりません。
なので説明が必要でない場面ではできるだけ物事に意味を付さずに「見たまま」「感じたまま」を書き出してみるといいのです。
たとえば上の例Bのように、「不快な気持ちになった」は、状況がよく把握できますが、どんな感じがしたのかまでは伝わらないので感情移入がしにくいです。そこを『ちくりと棘に刺されたような感じがした』と書くならもっと生々しい感触が伝わります。描写とは単に詳細を書く、細かく書く、ことではなく場面をありのままに切り取ることです。
説明は理解を促すのに対し、描写は情緒を動かすといってもよいでしょうか。その場に生き生きした『人間のリアル』を演出したいなら欠かせないのが描写です。

物語を印象深くする
もしこの描写を疎かにしてしまうと、ストーリーを先へ進めようとして説明ばかり書いてしまうようになりがちです。
そうするとストーリー展開は伝えられても、そのストーリーから『人間らしさ』や『細やかな心情の揺らぎ』のようなものが抜け落ちてしまい、結果としてストーリーにキャラが引っ張られている、いかにもな「作り話」が出来上がってしまいます。
一方、描写を豊かにすると情景を思い浮かべやすいですし、読者の脳内に映像として能動的に描き出されるため、印象に残りやすいというわけなのですね。
ちなみに、人間の感覚の中でも『視覚』が一番強い印象を与え感情に訴えかけるものではないかと思うので、映画や漫画と違い映像や絵がない小説にとって、そういう意味でも『説明』ではなく『描写』が大切になってくるのでは、と。
先ほども書いたように、この描写によって物語の世界観にぐいぐい引き込んでいくことが、映画や漫画にはない『小説の独特の魅力』になっているのですよね。実際に目で見てはいない場面を、自ら想像し脳内再生させることで、映画や漫画からは得られない印象深さを与えられますし、読者側はそこから一種の深い没入感を得られるわけです。
小説は人間の物語。だから『人間らしさ』が欠かせない。
たとえ主人公が動物、植物、物であっても、物語になっている以上必ず擬人化されているはずです。物語とは、人間を見る、人間を知る、人間を感じるためのものですから。
なので人間らしさを読者に感じてもらうには、複雑な心境、目に映る風景の細やかさ、動作、音、匂い、感触、色などを通してその場に醸し出されている空気みたいなものを切り取り、描き出していくしかないのですね。
描写が足りているか、魅力的に書けているか、これこそが小説の文章をもっとよくするために肝になってくるものだと思います。「説明するより描写しろ」とよく聞きますけど、まさにあれですね。
描写によって人間らしさ、人間のリアルが描き出せているか?
物語が書き上がったら、推敲するときにそのことを少し念頭に置いてみるといいかなと思います。
目の前に何が見えている?
今どんな音がしている?
手触りはどんな感じ?
どんな気持ちからどんな気持ちへ移ろった?
もっと詳細に書こうとして単に説明を細かくするだけではあまり効果がないです。
そこに『意味』や『理由』を書いてしまうことなく『見たまま』『感じたまま』を書き出してみると、固定観念から解き放たれて映像や感覚がグッと広がるでしょう。感じ方に幅が生まれて世界が広がる。これが人間らしさにつながっていくのだと思います。
今回は、美しい小説の文章を書くためのとっかかりの一つとして、「描写」という観点から私自身の気づきをまとめてみました。広い意味でいうと描写も説明の一部なのですが、あえて違うものとして書いてみました。
書き慣れている方には当たり前すぎてつまらない話だったかもしれません。でも、まだまだ小説の文章のことがよくわかっていない方には、何らかの気づきになってくれるといいな、と思います。
次回はもう少し文法的なことをまとめてみたいです。読んでくださった方、ありがとうございました。
