大洋感情を持つ人のために。反省と決意+日本神話と不思議な祖父の記憶

大洋感情を持つ人のために。反省と決意+日本神話と不思議な祖父の記憶

2024年9月25日

HSPシリーズを終えてから随分周りくどいことばかり記事にしてきた。核心に触れるのを避け、思い付きで無駄なことを色々書いてしまったように思う。反省。だけど今後は明確にTPDとOEについて私なりの立場で発信できるようになりたいし、この願いを熟成していかなければいけない。

また、日本的な感性との関わりにも触れてみたい思いがある。先日読んだ本の日本神話(スサノオに見るてんかん性)から考察された日本人的心理構造の話からも、過興奮性に関わる一つの示唆を得たように思う。フォロー頂いているnoteクリエイターさまから教えて頂いた以下の本。↓

この本から想起したこと

※本の記述に対する感想や評価ではないです。好き勝手に思ったことのまとめです。

一つ。荒ぶる神スサノオの精神は、間違いなくOEと関わりがあると思った。あれは過度激動の側面を見ているのだと思う。また本に挙げられていた日本人三人は個々に、5つのうちどのOEが強いか、どれが目立っているかの違いにより、共通点がありつつも個性が違っていると感じた。共通点は激しさであり、精神運動、知性、感覚的官能、共感性、想像力に関わる過度の興奮性だと思う。

非科学的な、不思議な体験話

もう一つ想起したのは、田舎町で住んでいた小学生時代のこと。もし「てんかん」という特徴だけで見るなら、性格が真逆、辿った人生も真逆である私と弟は、同じ気質の特徴を持ってるともいえる。(これはHSS因子を知り既にわかっていた。弟は反社会性HSS、私は向社会性HSSを持っている。同じでありながら真逆なのである。)
弟はまるでスサノオの化身みたいな人間だった。私はアマテラスの心と通ずるタイプのスサノオを持つ人間で、弟は全くアマテラスが理解できないタイプのスサノオそのものだったといえるのかもしれない。また奇しくも、アマテラス的位置にいた私とスサノオ的位置にいた弟が文字通りの激しい闘いを繰り広げているとき間借りして住んでいたのは祖父母の家だった。

祖父は天照大御神(アマテラスオオミカミ)を祀る神社の神主であり、山の上にある神社では月に一度、四国中から信者が集まり大祭と呼ばれる奉り行事が行われていた。激情と人助けの心が同居する気質の祖父は多くの人に慕われ、天照大御神の使いとして神事に務めていた。大祭には私も度々参加した。神社には不気味な人間の髪の毛の束がぶら下がっていたり、火渡りをしたりと変な行事がたくさんあった。

山の上にある『上のお宮』へ続く道は不気味な林道だった。私の叔母が自◯した場所でもある。昼でも暗く、お使いで一人で行く時は肝試しみたいだった。

そして神主の祖父は、ある日、悪霊に取り憑かれて病に伏していたある若者のお祓いをした。不思議にもお祓いにより若者が助かったまさにその日、祖父は突如、言葉と身体の自由を奪われてしまい寝たきり生活を送ることとなった。意識と思考と感情はくっきりあるようなのに、金縛りにかかったように何もできず、悔しさに塗れた表情で毎日泣いていた祖父の姿が目に焼き付いている。みなは悪霊が若者から祖父へと乗り移ったのだと言っていた。私は、日本の神と神道などに何の意味があるのかと思った。毎日祈りを欠かさず、信者を命がけで救った祖父にこんな悲劇を見舞ってくれる天照大御神とは何様なのだろうかと。祖父が亡くなりお葬式の日、お祓いにより元気になった件の若者は祖父の亡骸にしがみつき『あなたは命の恩人です』と泣き崩れていた。
そんな背景がありつつも、荒ぶる神スサノオの化身のような弟とアマテラス的立ち位置の姉の闘いは祖父の家の片隅で延々と続いていたのだ。
思えば、私はこの経験により悪霊の存在をどこかで信じ始め、また日本の神への嫌悪を感じ始めていたのかもしれない。人助けの心(=宗教心)が生まれつき自然に備わっていたため、当時の私は西洋の神のほうに真理がありそこに私の目指すべき生き方が示されているのではとよく考えるようになっていた。

大洋感情

HSPの場合と同様5つのOEのうちどれが強いかによって人それぞれに『風味』ができるように思う。過興奮性と激しさを持っていてもみながみな一様ではないのではと思う。私自身の風味にマッチする人物がいる。それは今私の中で探求心が高まっている、ロマン・ロランが述べた『大洋感情』という言葉に適合する人のことだ。

大洋感情(oceanic feeling)とは?

※この言葉については調べてみたいことがまだまだある。簡単にいえば、自分という自我と世界が繋がっている感覚。世界との一体感からくる高揚感を覚え、世界にいる誰かの痛みも自分と同じように感じる感覚。人間の持つ宗教性の本質とも捉えられている。

世の中では「gifted」という特別な能力を持つ人々を通して過度激動(OE)と積極的分離理論(TPD)が説明されているけれど、私にとってはこの生まれつきある「大洋感情」が、自分の持つ激しさと過興奮性の型として現段階でしっくりくる。知能や知性というワードではなく「感情」がキーになっているということ。
人の心理的特徴は明確な区切りを持たず、立体地形図のように、非常に多面的で細やかで凹凸の微妙な類似と差異をもって成り立っているように思う。先日の記事にリンクをつけた精神科医のお話から察せられるとおり、この大洋感情はOEと深い関わりがあると思う。他の多くの人が感じない喜びを感じ、他の多くの人が感じない苦しみを感じる。想像OE、感覚OE、がとても強い人のことだが最も強いのは感情OEである。中でも共感性が一般的な人と比較すると少々いびつな形をとっているといえるのかもしれない。とても大きな共感感情を持つがために鬱(この世に苦しむ人がいる限り自分の幸せも感じられない)を抱えてしまい、畏怖と崇高性に取り憑かれて生きることになる。これは宮沢賢治が持っていたもので、だから私は賢治の言葉の背後にある怒りの激しさと慎ましい宗教性が同時に存在し得ることの意味を知っているし、これほど共鳴してしまう。『雨ニモマケズ』を読んだとき言葉の奥に潜む雷のような激しさと残酷な孤独感に衝撃を受けた。賢治の詩を読むときは、歓喜やエクスタシーと紙一重でもあるこの激しさと苦悩に同調してしまい泣いてしまう。

この辺をまとめていくには時間がかかる。
「大洋感情」自体、世間で様々に解釈されており(フロイトにはその真髄部分が理解できなかったように見える。)これを明確な表現に落とし込むには努力がいる。

けれど、私と同じくこの大洋感情を生まれつき持っていたがために世間の人とまったく違う人生を辿ってしまった人がやはりどこかにいるはずで──激しい感情は自分を究極の状況に追い込む。救いになるのは明るいビジョンをもたらす創造力だが、一歩間違うと死に至るのだ──必ずこれをしなければならないし、したいと思う。それが私の真にあるべき姿だと感じる。

私は直感に突き動かされて進みすぎるところがある。それが苦境を切り抜けさせてくれたのは事実だが、今回ばかりはもっと冷静に熟慮、熟考して、意味ある形をなしていこう。積極的分離の段階で自分がどこにあるのかと自問することは、創造的本能の強い誰にとっても大切なことなのだ。


反省と決意を改めて書いたけど、意味のわからない文章に思えた方もいるかもしれないです、ごめんなさい。
そして、OEとTPDについて直接的な解説や情報を発信してくださっているno+eクリエイター様たちに心から感謝をお伝えしたいです。内省をする上でこれ以上の情報は私にとってないので、理論を構築してくれたドンブロフスキと発信者の方々からどれだけの恩恵を受けているか、感謝を言葉で言い尽くせません。本当にありがとうございます。