かつて劣悪な家庭環境を生き抜き、自らの心理特性が引き起こす深刻な社会適合問題をセラピストやカウンセラーの力すら借りずに解決し、自己肯定感の低さからくる自責の念を、一つ一つ勇気を積み重ねることで克服し、対人関係の摩擦や複雑な人間関係の葛藤をも乗り越えてきた。そのようにして私は、自分の本来の姿──「自然体のわたし」「これが私なのだ」と胸をはれる自分を、ようやく築きあげてきた。
超絶敏感に生まれてきた私にとって、ここまで自分の道を切り拓いてくることは、決して容易ではなかった。途中で何度も、命を断つほうがどれほど楽かと感じた実存の危機があった。精神を圧迫する様々な問題を、ほぼ自らの手で解決していく道のりは生半可なものではなかった。人とは違う悩みばかり抱え、人とは違う道ばかり選択してきた果てに、ようやく辿り着いた「わたし」というあるがままの姿。この苦難の道程に自負を抱いていた時期もある。
このように格闘の末に自己を築き上げた人はその過程で得た知恵を、今まさに問題の渦中にいる他者に分け与えることで、「過酷な人生も無駄ではなかった」「誰かの役に立てるのなら」と、深い喜びに満たされる時期へ到達するものだ。そしてほとんどの人は、そこを人生の最終的な到達点と見なす。それも当然だろう。嵐の海を越え、ようやく誰からも縛られず、いかなる外部の権威も必要としない、自信に満ちた本来の自己──「あるがままの自分」に到達できたのだから。
もう誰かと比べて自分を卑下しない。根拠なく自分を責めない。他人の目を気にして恥じない。矛盾を感じるあらゆるもの、対立してきた誰かの生き方や、嫌悪してきた価値観すらも、すべてを一度心に受け入れ、自分なりに咀嚼し、自己に厚みを増すための精神的な糧としてきた。苦労を重ね、勇気を重ねて出来上がった自分は、至らぬことも多々あったが、「これが、わたしだ」とはっきりとそう言えるもの。見栄など一切張らず、「これがあるがままの私だ」と素直に言えるものだった。
いったい、この世界の誰が、この苦労して積み上げたかけがえのない自分を「否定」するだろうか? 「恥ずべきもの」と断じるだろうか? 「罪深い」と見なすだろうか? 「その姿は歪んでいる、改めろ」と、見下して罵るだろうか?
親も、学校も、会社も、いかなる権威も、もう二度と私に「こうあれ」「こうすべきだ」などとは言えない。かつて私を縛った外部からのあからさまな圧力も、無意識に感じ取っていた同調圧力も、すべては自己肯定感を育むことで乗り越えてきたのだから。もう二度と、誰も私に「こうあるべきだ」とは言えない。それがどれほど大きな声であろうと、あるいは、無意識の中に静かに忍び寄る囁きであろうと。
それなのに。 この苦労の果てに築き上げた「あるがままの自分」を根底から否定し、恥を感じさせ、罪として責め続け、ついには崩壊へと至らせる「何か」がいる。
それが、生得の気質(第一因子)、育った環境(第二因子)とは全く異なる次元から現れる稀有なる存在──真性の自律的良心(第三因子)という名の「怪物」である。
それは、第一因子と第二因子がその人間を十分に形成し成熟させた土壌の上に、初めて芽生える稀な植物だ。この因子が萌芽する人は人類の中にほとんどいない。なぜなら、ほとんどの人間は、人生をかけて築き上げてきた成熟した自分を自ら手放す理由などどこにもないからだ。しかし一部の人間の魂には確かにこの芽は宿る。そして、力強く育ち、完成へと向かう。その芽は、「あるがままの自分」という長年の愛着が染み込んだ「わたし」という土台そのものを養分として飲み込み、消化し、ついには完全消滅させてしまうのだ。
何のために、そんなことを?
理由はただ一つ。 「本物の人間」になるためだ。
この芽を宿す人間は、心のどこかで「人格の理想」──道徳的、倫理的な究極の信念──を抱いていた。最初は薄っすらと、やがては力強く、それを創り上げてきた。「人間として生まれた以上、ただ社会の要求に従い流されるように生きるのではなく、この命を用いて人類に対して何ができるのか?」と、自らに問い続けてきた。
このように、社会のしがらみから解放され、ようやく手にした愛着のある「自分」という大地を、自ら崩壊させていく人間がいる。 やっと自由になったのに、もう一度、「お前はこうあるべきだ」「かく生きるべきだ」と責められる〝べき〟の世界へ、自らの意志で帰っていく人間がいる。
その人はやがて、これまで準拠してきた「社会」という権威から、自らが責任を果たすべきと定めた「世界(人類)」へと、その忠誠の対象を移す。自分を支配する権威を、より普遍的な領域へと自ら移し替えたのだ。
このような魂の軌跡を冷徹なまでの解像度で描き出したのが、ドンブロフスキが提唱した積極的分離理論というものである。
多くの人は、勘違いをしている。これが「高次」の人格形成とされ、「ギフテッド」という特別な人間にだけ許された素晴らしい人間になるための道のりだと考えられているために、知性の高い人ほど「私もこれに関わっているに違いない」と思いがちだ。私は、そんな知的な人々の様子をここで数多く見てきた。
しかし気づくべきは、これが、第三因子という自我を喰らい尽くす怪物によって、手放したくない愛着ある自分を「崩壊させられる」理論だということだ。それはおそらく、あなたが想像しているよりも途方もなく過酷で、恐ろしく、そして耐え難いほどの痛みを伴う道筋なのである。
私には、この道を辿るためのDP(発達の可能性)が、いくらかはあったのだろう。そのために、垂直レベル(多層段階)への崩壊という、身を引き裂かれるような激痛を経験した。昨年のある時期には、頭の中が燃えるように熱く、脳が焼け付くようで、声にもならない恐怖の咆哮ばかりが喉から漏れた。今年の夏に至るまで、私が愛してきたもの、私を私たらしめていたもの──創作活動や日常の喜び、自分に与えたアイデンティティ、積み上げてきた実績──そのすべてを否定する内なる声が生まれ、自分を心底、どうしようもない哀れな生き物、醜い生命、ろくでなし、愚かで軽蔑すべき人間だと、罵り、責め、踏み潰して消し去ろうとする力の存在を感じ続けた。
そして、自分が築きあげてきたもの──それは、かつて苦しみから私を救い出し、守ってきてくれたはずの世界──が消えていく感覚に、声にならない恐怖を覚えた。その恐怖は、度々自分が消滅していくことへの悲嘆となっても現れ、過去のサバイバル期に流した何倍もの、深い悲しみの涙となって流れ続けた。それもそのはずだ。それらがあったからこそ、ここまで生きてこられたのだ。私を支え、私を形作ってきてくれた、愛おしいものたちだ。それらすべてを、「お前は本物ではない」と、私の魂が否定するのだから。
耐え難かった。生きていること自体が耐え難かった。私を心配してくれる人にすらこの激痛と恐怖は伝わらない。誰にも伝わらない。友人、家族、周りの誰も、この感覚を想像することすらできない。なぜなら、彼らは皆、自らが築いた「自分」を大切に抱きしめて生きているのだから。
「あなたの作品には価値がある」「あなたは決して醜くない」とどんなに外側から言われても、意味がない。なぜなら、私の中にいる「本物の人間」を知っている「もう一人の私」が、そうではないと断じるのだから──!!
ある人は言った。「肩の荷を下ろしたらいい」。またある人は言った。「無理をしない方がいい」。──何の話をしているのだ? 彼らには、私の認知や思考に問題がある、としか見えなかったのだろう。
それも当然だ。人は、自分の中に生まれていないものを感知できるわけがないのだから。
私は、積極的分離理論を、割れそうな頭を抱え、死に物狂いで、しかし慎重に、精密に、無声の咆哮をあげながら調べ尽くした。そして、自己分析を徹底した。本当はこの苦しい期間、「私はギフテッドではないのだから、この理論に関わっているはずがない」「すべては幻覚に違いない」と、心の底から思いたかった。「そう結論づけてくれ!」と何かに願いながら、この苦しみを否定できる理由はないかと必死に探した。
だが、調べれば調べるほど、すべてが符号していく。最後の悪あがきとして、演技性パーソナリティ障害の可能性すら調べてみた。しかし、私の素直な心がそれを一蹴した。何も符号するものがなかったからだ。納得すると同時に、絶望した。
私は若い頃、同年代の人たちのように、社会と足並みをそろえて生きてこなかった。自己犠牲と奉仕こそが使命だと考え、キャリアも、安定した生活も、多くを放棄してきた。子供の頃、この美しい地球になぜ残酷な人間が存在するのかと、泣きながら神に問いかけた日があった。この世の苦しみは何のためにあるのか? なぜ多くの人は、そのことを真剣に考えもせず、ただ自分の人生を満足させるためだけに生きるのか?
このような問いが心の最も深い場所にあったからこそ、第三因子の萌芽する領域における、あの直観が起きたのだと今はわかる。世間は、信仰とは「何」を信じるかという対象のことしか考えない。しかし肝心なのは、人が「どのように」信じるかなのだ。
恐怖のせいで避け続けてきたこの理論を、勇気を出して調べ尽くしたことで、私は、この内なる呵責の意味をようやく理屈として腑に落とすことができた。そして、この醜く下劣な私ならではの、一つの考えが芽生えたのだ。
私は、第三因子を、これ以上刺激しないようにしよう、と。 理論によれば、この萌芽が感じられる域に来たら後戻りは難しいという。その意味も、痛いほどわかる。精神の世界の質感が、以前とは全く違ってしまっているからだ。世界を見て、あらゆる物事に対し、縦の段階(価値の階層)が見えてしまう。身近な人たちが発する言葉や行動が、その人が水平軸の世界を生きていることを如実に映しだす。この新たな物差しを得てしまった感覚はもう消えてはくれないだろう。 だけど、私にはおそらく、この先へ進むためのDPが、特にそれを統御する力が、決定的に欠けているように思う。第三因子を「聖者」としてではなく、「怪物」として感じることの方が多いからだ。
だから、今ならまだ間に合うのかもしれない。今ならまだ、「あるがままの自分」と繋がっていられる時間をここにとどめておけるかもしれない。いつ、どこで、その反動が来るかはわからない。理論が示すように、たとえ一時的に以前の行動に戻れたとしても後戻りは難しいのだから。だけど私は、高次のレベルへと突き進む人々が持つであろう、圧倒的な魂の強靭さを持ち合わせていないように思う。
今日は、気持ちの整理としてこうして書き記してみた。
怪物が怪物であるうちに。それが真性の良心として完全に私を乗っ取る前に。 この醜い人間は愚かにも、後退を決めようと思う。
崩壊の恐ろしさ。この痛みと恐怖を言葉にする者すらこの世界にはほとんどいないだろう。 私は、どこまで醜いのだろうか。
一次統合から水平の葛藤を体験し、統合へと戻ってくる。激しいひとはこれを人生で幾度となく経験する。その度に、社会における自分の成熟度が増していくのを感じる。長い年月でこの激しい体験(分離から統合へ戻る)のプロセスを繰り返してきた人は自分の人格がどんどん高くなったと感じられる。なぜならかつて排斥した相容れない価値観を多く受容して器が大きくなっている自分を実感するからだ。複雑さや違和感をどんどん受け入れて、自分が広がっていく。
この繰り返しにより形成された広がった自分、成熟した自分の姿に、積極的分離の高次発達の過程を重ねてみる人が多くいる。中には、成熟して統合された自分の価値観を他者に押し付ける人すらいる。これはユングが指摘していたマナ人格に該当する者と思われる。また、ファウラーもそのような人間の陥る精神の停滞状態を指摘していたことに、理論同士の重なりが見えたことは意味深い。
統合から水平への分離、そして元の統合へと戻る。これを繰り返しながら成長していく人がいる。その人はやがて統合状態の「安定した善良な人」「精神性が高い人」の領域へと入っていく。この激しい体験を垂直の分離と思い込む。──わたしはなぜ、このような指摘をするのか。 それはひとえに、ドンフロフスキがどれほどの苦しみの果てにこの理論を構築したか、その激しいダイナミズムに魂の奥底を抉られたからだ。
怪物と表現する域にしか到達し得ない人間の、還る場所を奪われたこの苦しみを、いったい誰がわかってくれるというのか。